2017年3月15日水曜日

まさか!!のおまけ付き・・・

地元駅近くの木橋で転倒、水路に落っこちた話は前回書きました。

友人知人SNS仲間に沢山の励ましのお言葉を賜り、
ワタクシ、もぉ嬉しくて嬉しくて恐悦至極に存じます。←ご家老かw

で、実はその後日談がございます。

書こうかどうしようか迷いましたが、
やっぱりね「実はこうでした」的な事は言っといた方がいいよね。


水路に転落したものの、バッグが座布団になったおかげで、
私は軽い打ち身で済みました。

・・・と、先日まで思っていました(⌒o⌒;)

人生はシナリオ通りには行かないし、そうそう甘くもない。



ふと気づくと、右の脇が軽く痛い。
右の脇の下から数センチ下がった辺り。
丁度右胸の横っちょ。

ここも打ってたか。今頃痛くなるんだね。

どこかに身体をぶつけたり、落ちたり、ひねったりすると、
その直後ではなく大分経ってから痛くなる事は実際にあります。

右脇の打ち身も、そんなもんだと思っていました。

ところが。

転落から5日経った日曜日の事です。
私は床に落ちたものを拾おうとして、立ったまま身体を折り曲げ、右手を床にのばしました。

突然!!
ピキーーーーーーーーーーーッッ!!!

と言う鋭い痛みが右脇を走りました。

私は思わず右脇を両手で押さえるようにしてその場にうずくまりました。

「な・・・なにこれ?(;゜ロ゜)」

今まで経験した事のない、鋭い金属的な痛み。

しばらくその場にしゃがんで痛みが治まるのを待ち、ゆっくりと立ち上がった時・・・

ポキン。

右脇から、確かにそんな音がしました。

よく、肩や首がこった時にグリグリ回すとポキポキ言う事ってありますよね。
関節が鳴っている音だと思いますが、それと似た、ポキン・・・と言う音。

関節が鳴るか?脇の骨って言ったら、肋骨しかないだろ?

はい皆さんここで問題です。

「ポキン」と言う言葉は副詞ですが、どんな時に使う言葉でしょうか?

こう書くと、100人中98人くらいは、
「何か、固いモノが折れる時の音」
と答えるでしょうね。正解です!

・・・2人くらいは「赤い羽根」と答えるかもしれません。
 このブログを読みながら「それはボキンだろ!」と心中突っ込んで下さった方、どうもご苦労さまでございますw

話を「ポキン」に戻します。

ジッとしていると、痛みは段々と薄れてきます。
立ち上がった私は、腕を後ろに伸ばしてみました。
痛くない。むしろ、心地良い。
腕を回してみました。
回せる。痛みも「音」もしない。

あああ。気のせいだったよ。

護られた私の肋骨が、

折れてる訳が、ない。

その後私は花粉症の影響で何度も盛大にくしゃみをし、咳込み、鼻をかみました。

すると少しだけ、右脇がチクチク痛い。
なんだろう?打ち身でも咳やくしゃみが響くのかな。

寝る時は右を下にして寝ていました。とくに痛くなかったから。

でも、起き上がるとまた、

ポキン。


これ、絶対何かあるよね(||| ̄△ ̄;)

加とさんも「心配なら病院に行った方がいいよ。そうすれば原因解って安心出来るでしょ」と勧めるのですが、病院嫌いな私、どうにかして行かずに済む方法はないかと、フェイタスを多めに貼ったり揉んだり押したり(痛いってのに)してみたのですが、

直りそうな予感がしない。

これはもう医者行くしかないね。
ってな訳で、4年前に障子の角に薬指をぶつけて剥離骨折したのを治してくれた駅前のS接骨院に行って来ました。

最初の診立てだと「折れてそうな感じじゃないけどねえ・・・」と仰る。
それが「咳するとちょっと痛いです」と言ったら表情が変わり、

「レントゲン撮りましょう。診察はそれからね」

そしてレントゲン撮影。現像した写真に写っていたのは・・・・

割り損ねた割り箸の様な、肋骨・・・

「折れちゃってますねえ( ̄▽ ̄;)」
ヒビとかじゃない。完全に折れた所が離れちゃってる。
右胸のちょっと上。肺の真上辺り。危ないとこじゃないか・・・

ああそうか。
落ちた時は割れ目が入った程度だったのが、日曜日に前屈みになった拍子に、圧がかかって折れたんだ。
だからあの「ピキーーーーーーーーーーーッッ!!!」なのか。

「これじゃあ相当痛かったでしょう?」

そう言われた時、ふいに涙がこぼれ落ちそうになりました。

まさか。

折れてたなんて。

落ちた直後は全然痛くもなんともなかったから、気づかなかった・・・

後で調べたら、
肋骨って、案外簡単にヒビが入ったり折れたりするし、痛くない場合もあるそうな。
その場合、後から激痛・・ってなって、その時初めて骨折に気づくらしい。

まさしく私はそのパターン・・・

しかも私!
その激痛の後、腕や脇を伸ばしたり、押したり、咳したりくしゃみしたり、右を下にして寝たり、
肋骨が肺に刺さりそうな事をたーくさん、やらかしてました!(^◇^;)
ああ、お不動さま、何も知らなかったとは言え、私の行動には相当困った事でしょうね。
ご心配おかけしました。

肋骨骨折は、手足などの骨折と違い、ギプスで固定する事が出来ません。

代わりに、バストバンドという幅広の伸縮性サポーターでグルリと胸回りを巻いて止めます。

あれっすよ。
東映のヤクザ映画『緋牡丹博徒』で、壺を振っていたお竜さん(演:富司純子)が、着物の下にさらしを巻いていたけれど、あんな感じ・・・・じゃーないけど(笑)似たようなサポーターを巻いてます。ただし、ババシャツの上から、と言う情けないスタイルですがw
(お竜さんは転んでも肋骨は大丈夫そうだな・・・)などとどうでも良い事をツラツラ考えながら、低周波治療も終えて診察終了。

帰り際、院長に、
「折れた箇所が肺に近いんで、もしまた転んだり、前屈みになって折れた所に圧がかかったり、咳が続いたりすると、折れた骨が肺に刺さる事がありますよ。そうすると空気が漏れてしまい、呼吸が出来なくなっちゃう。もしそうなったら、すぐに救急車を呼んで、胸を開いて、しぼんだ肺に空気を入れて膨らます手術が必要になりますから。くれぐれも風邪を引かない事。圧をかけないこと。もし咳やくしゃみが出そうになったら、バンドの上から折れた所を押さえながらすること。安静にしていて下さいよ。そうすれば、3週間くらいで自然にくっつきますからね」

と、真剣な顔で言われ、ただ事じゃないんだなと痛感・・・

バストバンドを装着していると、確かに痛みは軽減されますね。
でも、装着中はブラジャーをつけられない。
ぎゅうぎゅう押してる状態だから、完治した時にサポーターをはずしたらきっと変な格好に潰れて垂れた乳が姿を現すのか。ううむ。
誰に見せるあてもないが、一応オンナとしてはちょっと、アレだなあ・・・ううむ。
バンドを巻いてもらっている時、そんな事を考えていました。

その話を加とさんにしたら、

「ちーちゃん・・・治療中、そんな事考えてたの?」
と言い、大爆笑。
「肋骨折れて大変なのに、何がチチだよまったくwwwwwwwww」
身をよじって笑う加とさん。笑うなっ!!!羊羹買ってやらないぞ!

さて皆様、
皆様も転んで胸や身体の横を打つ事がこの先あるかもしれないし、無いかもしれない。

でも、もしあったら、私のこの話を思いだして、整形外科や接骨院に行って下さいね。

病院嫌いの私が他人に病院行きを勧めるのは妙なものがありますが、
痛い思いは早めの治療が肝心ですよ。
(4年前に障子の角に足をぶつけて剥離骨折した時も、10日以上放置したがために治療に時間がかかりました。学習してない私です)

ゴホン!と言ったら、龍角散。
ポキン!と言ったら、接骨院。

長文をお読み戴きまして、ありがとうございました。
おわり。

2017年3月10日金曜日

まだまだやる事あるし!

先月、仲良しメンバーと共に三峯神社を参拝して来ました。
とても寒い日でしたが、よく晴れ渡った空のもと、思い思いに手を合わせて参りました。
大型レンタカーを借りて、加とさんの運転で向かった秩父。

なにせ、元旦には6時間かかった行程。
今回は普通の平日。
元旦や1日(白い氣の守りは毎月1日のみ頒布される)の様な大混雑は無いとしても、

「日本一行列が出来る神社」

と言う、あまり嬉しくないキャッチフレーズがついてしまっている以上、平日でも多少の混雑はあるんじゃないかと思っていましたが・・・・


・・・・・・(*゜ロ゜)・・・ガラガラやん!!!!

なにこの大波小波な状況は!!
みんな御守りLOVEなんか!!

空いてて良かったのは間違いないのですが、
あまりに空き空きなのも、複雑なモノがありますね(笑)

あの大渋滞はなんだったんだろう・・・

まー、深く考えるのはやめましょう(笑)


参拝から2週間経った3月7日の事です。

私は月イチ色鉛筆画教室の講師で恵比寿に行って来ました。
お教室が終わったあと、仲間とお茶を飲んで解散。
池袋に戻った私は、西武の地下でパンを買い、レストランに寄って少し早めの夕食を摂ったあと、帰途に付きました。

その日は本当に寒い1日でしたね。
冷たい風が吹き付けて真冬の様でした。
いつもパンツスタイルの私が珍しくスカートとブーツと言う出で立ちでした。
地元に戻ると凍り付きそうな冷え込み。
路面が濡れているところを見ると雨が降ったのか・・・
(やっぱりズボン履いてくれば良かったなぁ)
そんな事を考えながら、改札を抜けてマイカーの停めてある駐車場へと歩いて行きました。
日も暮れて、辺りはすっかり夜。
外灯の明かりも届きにくい暗い坂道を、私は転ばないようにゆっくり降りて行きました。

坂道は角材を渡しただけの橋に繋がり、そこを渡ると駅から続く車道に出て、20mほど歩いた先に駐車場があります。
木橋の下には、ゴツゴツした岩とコンクリートの水路があり、夜は深い闇の底の様です。

駅から伸びている車道の端を歩いてくれば外灯が明るいのですが、それだと遠回りになるのでショートカット出来る細い小道を下って駐車場に行くのが普段のルートでした。

小道から橋を渡り、車道に一歩踏み出そうとした時でした。

木橋の先がカチカチに凍っている事に気づかず、私はアッという間に転倒し、持っていた荷物の重さにバランスを崩して、そのまま橋の右側から水路に転落してしまったのです。

「ああっっ!!!!!!!」

転落まで2秒も無かったと思いますが、その短い時間はスローモーションの様でした。
その間に、脳内はめまぐるしくその先の展開を浮かび上がらせ、

「転倒→全身打撲→骨折→頭部打撲→意識不明→凍死」

普段、スローテンポな私には考えられないような速さと計算速度(笑)で、

「ああ、人生ここで終わるのか・・・」「救急車呼べるかな」

と思った所で、

ドサッ・・・・!!!!

落ちました。

↑のシナリオで行きますと(笑)、
全身打撲で、
どこか骨折して、
頭も打っちゃって意識失う、
と言う予想だったのですが、


「あいたたたた…なんで・・・なんでそこだけ凍ってんのよ!!((o(>皿<)o)) 」

と、悪態をつきながら私は起き上がり、回りを見回して荷物を拾い、
落ちた衝撃と水路の水や泥でやぶけてグチャグチャになったパン屋の袋を小脇にかかえ、
低くなっている水路の壁面を探してよじ登り、泥まみれ&一部びしょ濡れの格好で道を歩き、車に戻って「はああああああああ」と長いため息をついたのでした。

人生は、シナリオ通りには、進みません(笑)

幸い、頭を打ってません。
腕を動かしてみました。動きます。
足を動かしてみました。動きます。
パン屋の袋は見るも無惨な状態でしたが、中のパンは無事でした。
バッグは・・・・

お気に入りのローラ・アシュレイのトートバッグに、画材と財布、タブレット、携帯電話、画材などを入れて持っていたのですが・・・・・・

泥水とコケですごい事になった上に、潰れてヘンテコな形になっています。

見ると、ところどころ血が付いてる!!

やだ、どっか出血してる!!・・・そーいえば右手が痛い・・・
車内の灯りをつけて右手を見ると、第一関節回りの皮が剥けて血だらけ。痛い訳だわ。

私はバッグの中にあった除菌ウェットティッシュで手を拭き、その後ティッシュペーパーで更に拭いて、今起こった出来事を脳内で再生して見ました。

ああ。アタシは転落したんだよね。

木橋から水路までの高さは、高い所で1.5m、浅くても1.2mくらい。
私はその浅い所から車道によじ登ったのです。

バッグの中身を調べましたが、中身はこぼれ落ちて無さそうです。
とは言え、何か落としたかもしれない・・・

私は酷い格好のまま車を降りると、今自分が墜落した場所に戻り、よじ登った場所から水路に今度は自分からw飛び降りました!

外灯の明かりは水路の壁に遮られているので真っ暗です。
(懐中電灯とかこれからは常備しよう・・・)

落ちた辺りにしゃがんでみると、リップクリームが落ちていました。
おお!良かった!なくすとこだったよ!

それから手探りで回りを探っていたら、私が落ちた地点近くに岩が突き出ているのが解りました。
小さいながらもボコンと突き出た岩。
もし、これが頭を直撃していたら・・・

あああ・・・

助かったんだ・・・(;´Д`)


1.5mはそれほど高くないとは言え、コンクリートと岩の地面に落ちたのですから、どこか骨を折ってもおかしくないのですが、折れてない。(ただし打ち身が・・・)

その時、気づきました。

ローラ・アシュレイのバッグが不自然に潰れていた訳を。

左手に持っていたトートバッグが、クッション代わりになったのです。
私は木橋の右側から落ちて右肩を打ち、右手に傷をつけました。
右腰、右足に何のダメージもないのは、そこにバッグがあったから。
バッグが衝撃を吸収して、打ち身だけで済んだ訳です。

がしかし、
左手に持っていたバッグがどうして身体の右側に入り込んだのかはナゾです。

私は再び水路の壁をよじ登って車道を歩き、駐車場の車に戻りました。

エンジンをかけてフロントガラスの曇りをワイパーで拭こうとしたら、ワイパーが凍っていて動かない。

あー・・・路面凍結もやむなしか・・・

ガラスの氷を溶かしてから駐車場を出て、なんとか無事に帰宅出来ました。

一部始終を知った加とさんは驚愕の表情から安堵して、

「ちーちゃん、良かったよ!ホント良かった!ラッキーだったよ!」
とおっしゃる。

いや全然ラッキーじゃないし。
オキニのバッグはドロンドロンだし右手は血だらけだしスカートはびしょ濡れ泥まみれだし右肩は痛いし・・・

加とさんは「それだけで済んだと思わなきゃ!もし頭を打って意識不明になったら、今夜の冷え込みじゃ凍死は間違いないよ!骨折だってしたかもしれない!腰や背骨を折ってしまったら、大変な事になっていたよ!」

そうか。それもそうだな・・・
そこでやっと、我が身に起こった「奇跡」を実感したのです。

加とさんは続けて、

「三峯神社にお参りしておいて良かったよ!オオカミさんが護ってくれたんだよ!」

え・・・(*゜д゜*)

(ノ; ̄◇ ̄)ノ エエエエェェェェェ-・・・

母も私の様子を見ると、
「仏壇にお線香あげてお礼を言いなさい!護ってもらったんだから!無事で良かった!」

母と加とさんの「良かった攻撃」(笑)を受けて、私もやっと有り難いと言う気持ちが湧いて来ました。

バッグは泥だらけコケだらけですが、敗れた箇所はないので、クリーニング出来るならキレイにしてまた使おうと思いました。
なにせ私の護り神ですから♪


起こった出来事をどう解釈するかは人によって様々です。

最後の一足の部分で凍結に足を取られて転倒・落下した事を不運と受け止めて凹むか、

骨折も頭部損傷もなくほぼ無傷で帰宅出来た事を幸運と捉えるか、

安全上の問題を細々指摘して、関係各所に抗議するか、

経験として糧にしたりネタにしたり、淡々と受け止められるか・・・

ネガティブか、ポジティブか。ジャッジするのは当事者ですが、
私はどっちでもない、単なる出来事として受け流しています。

まぁ、しいて言えば、ネタにして面白がってるかな(笑)
それも無事に生還したからこそ出来る事ですが・・・

三峯の神様に護ってもらったのかどうか、
私はそういう霊力を読み取れる力も無いので解りませんが、
考えてみると・・・
毎年、元旦に戴く白い氣の守りを持つようになってから、災難はあってもごく小さかったり、今回の様に奇跡の様な結末を迎えたり、さほど酷い目に遭った事がありません。

考えようによっては、
護ってもらえてるなら、そもそも水路に落ちる前に回避出来るように導いてくれるもんじゃないか?とも言えます。

が、そこはやはり、どこまで自分が信じる神仏(守護霊とかマスターとか色んな言い方はあると思いますが)と繋がれるか、じゃないかな。

私の様に普段はそれほど信心深い生活はしていないし、白い御守りの存在も忘れている位です。色々鈍いし(笑)

だからと言って、護ってもらう為には日々神仏を繰り返し拝めば良いか、と言うとそれも違うような気がします。

神様はつねに自分の内側にいる。
そして、いつも護られている。

いつだったか、チャネラーの美佐さんに、

「ちこさんの後ろに不動明王の様な大きなマスターがずっとついているみたいよ」
と言われた事があります。

偶然でしょうか。
私の実家の菩提寺は真言宗智山派。不動明王を祀る寺院です。

美佐さんに言われてから、仏壇にお茶とお線香を供える時は、
「御不動さま、いつも護って頂きありがとうございます」と心で唱えるようにしています。

今回の転倒・落下は経験すべき事だったのでしょう(笑)

子供の頃から何十回・何百回、何千回と歩いた小道です。
気をつけなさい、と言うメッセージだったのかもね。

そんな風に捉えつつ、打ち身の場所にフェイタスを貼る私です(笑)

2017年2月15日水曜日

裁縫女史!その後。。。

朝ドラで手縫い仕事をするヒロインを見ていたら、

「自分もなにか縫ってみたい」

と思うようになって、
2次元はともかく3次元の制作は幼い頃から「撃沈」だった話は、いつぞや記事にいたしました。
その後どうなったかと言いますと・・・
早速作ったのが、文庫本のブックカバーです↓↓↓



思ったよりも簡単じゃないすか!(調子こいてる)

布の色と柄を合わせるセンスの無さに凹みましたけどね(⌒o⌒;)
文庫本カバーは↑のカバーの他にもう2種類作りました。

でもよく考えてみると、
私って・・・あんまり文庫本て買わないんですよね(´・_・`)
そもそも、小説ってほとんど読まない。
でも、何となく買って読んだら面白かったのがコチラ↓

これは映画化されたら是非とも見に行こうと思いました!

話を裁縫に戻します。

その後、ブックカバーを縫って余った布で巾着袋を縫いました。
あれは簡単でしたね。表布と裏布を合わせて縫って、サテンのリボンを通してキュッと絞れば袋が完成♪

・・・でも、
縫う事が楽しいので、縫い終わった後に何に使うかは決めてないと言う・・・

絵も同じ。
私は描いている過程が楽しいので、描き上がった途端にその作品への興味が薄れる。
それより次の絵の方に心が行ってしまっている。
産みっぱなしで子育てを放棄する野生動物はたまにいるけど、似たようなものかな(笑)

外出にも使えるようなバッグを作ってみようと思い、小さなポシェットを・・・



作ってみたら、ホント小さいwというか、厚みがない。
タブレットとハンカチを入れたらおしまい。
ポイントカード長者(笑)で膨れたお財布が入る余地がないw

肩紐の丁度良いのがなくて、紐を1.2m買って来て金具を取付けボンドで貼り付け・・・

もうちょっと厚みが欲しいな。バッグインバッグがあると便利かな・・・
ってんで、麻混生地と接着キルト芯を買い込んで作ったのが・・・




クマとウサギのゆるいプリント生地がどうかなって感じの(笑)バッグインバッグ。
通院の時に、財布とハンカチ、タブレット、携帯が入ればいいので、ドンピシャサイズ。
外側に2ポケット、内側に3ポケット付き。内側のポケットは青い刺繍糸でランニングステッチとか言うの?それをチクチク縫い。

底布とバイアスの縁を縫うのにちょっと手間取りましたが、まぁこんなもんだなあ。

全て、手縫いです。ミシンは使っていません。
ミシンもあるのですが、出してセッティングするのがメンドクサイ。
手縫いなら、糸と鋏と針があればいいから手軽。時間かかるけど。

それに、手縫い作業をちまちまと続けているうちに、
自分がこういう細かい縫い物が好きなんだと解って来ました。

色鉛筆画でも、芯を尖らせて細かくちまちまと描いていくのが好きな私。
それは手縫いでも同じらしい。
1目が2mm3mmという細かい本返し縫いとか大好き(笑)
並縫いはつまらないので、テキストに出ている「並縫い」の箇所は本返し縫いでちまちま縫う(笑)なので3割増しで丈夫な仕上がりww

そう言えば、私は手編みでも極太毛糸より並太や中細毛糸の方が好きだったりします。
極細のモヘア糸でモチーフを延々と編んでつなげ、ストールを作った事もあります。
(根を詰めすぎて翌日背中に激痛・・・背筋が伸ばせなくなり悶絶)

大ざっぱで細かい事が大嫌いだと思っていたけど、
案外私は細かい「作業」は大好きみたいです。
でも、細かい「性格」は
自分も他人もダメっぽいです(笑)


細かい作業が得意な、大らか(大ざっぱとも言う)な人。
そんな人が好きだし、自分もそうなりたい。

そっか。

そーだったんだ、私。
\(◎o◎)/ナルホド!


今回の裁縫ブームがもたらした意外な気づきでした。

自分の事って、意外に知らないもんです。

そんなに白髪なんて無いと思ったら、
合わせ鏡で後頭部を見て絶句したり、

橋本病に罹患してから大分太ったけど、
まだそれほどじゃないと思ってたら、
・・・それほど・・・だった事に、今頃気づいたり(笑)、

でもまー、それで酷いダメージを食らった訳じゃないし、
前からそうだったのに今気づいたってだけで、
遅いか早いかの違いだなーとか、
色々考えて「ま、いっか」とフタをする(笑)

いや、封印した訳じゃないけどね(笑)
いつかそれはクリアしますよ、いつか、いつか。

そしてまた私は次の手縫い作品を考え始めるのであります。
ちゃんと完成後に使い途があるものを(笑)

2017年2月2日木曜日

縁結びの神様☆

今年の初詣も、
そりゃもー混んじゃって混んじゃってすごい事になりました。詳細はこちら
今や日本一激混みな神社仏閣として有名になってしまった三峯神社に、


再び、お詣りいたします。

フルフィルメント瞑想を通じて親しくなった瞑想仲間さんを、
加とさん運転のワゴン車で三峯神社までお連れします。

そもそもの発端は、
私が本店ブログ三峯初詣大渋滞スペシャル(笑)をネタとして載せた事。

それを先月の瞑想会でも話して、行ってみたい~~と言う事になり、私が、

「人数がまとまれば、加とさんがバス借りて皆さんをお連れしますよ~」

と申し出たところ、一気に参拝モードが上がって日時も参加者も決まった次第(笑)

その数日前に、
私は地元のカフェで色鉛筆画教室を開き、終了後に迎えに来てくれた加とさんと、絵を習いに来てくれた生徒さんとの会話で、加とさんが、

「スケッチ旅行に行くなら、バス借りてどこへでも運転して行きますよ~」

と申し出てくれた為。

運転大好き!な加とさん。
10数年前には運転好きが高じて大型免許まで取得してしまったほど。
でも、取ったけどなかなか活かす場所がない。(大型二種免許ではないし)

なので、こうした機会は大きな車を運転出来るチャンス到来なのだ!

なので、その「流れ」で瞑想仲間のみんなにも話してみた訳ですよ。

そしたら、あれよあれよのうちに話がまとまって参拝決行!!!

思い立ったが吉日。

迷いなく決められた物事は、ミッション完了までスムーズに行くものです。

車も、某レンタリース会社で14人乗りの大型ワゴンをスムーズに安く借りられちゃうし。

あとはお天気さえ雪にならなければ、もうなんの不安もない!
(もっとも、そのお天気が最大のネックなのだがww)


三峯神社は縁結びの神様としてつとに有名です。
関東最大のパワースポットと言われるようになって久しい。
山犬様(狼=大神様)をお祀りしているので、狛犬が狼。

毎月1日にはその日にしか手に出来ない真っ白い御守りがある事で有名。

拝殿の向かって左に進むと、敷石には龍の姿が浮かび上がっている。
辰年のある日、ふいに現れた不思議な姿。

一方で、
地元では「縁切り神社」としても知られています。

思い起こせば、私が三峯神社にお詣りするようになって7,8年になりますが、
その頃から人間関係が大分変わりました。

仲良しだった友人との縁がいくつも切れました。
気が合って、この先もずっと仲良しで居られると思って居た人と、絶縁状態になりました。
その数と来たらまぁwww1人や2人じゃございません。片手でも足りませんよww

今でこそ笑って「あの人と、この人と~~」と言えますが、
当時はボコボコに凹んで、自分を責めたものです。

そして、最近も(笑)
数年前に一緒にお詣りした人ですが、バッサリと切れました。

でも、一方で、
益々仲良しになる縁も増えました。
薄い交流関係だと思って居た人と、それは気楽に息の長い友人関係が築けました。
ひょんな事から知り合いになった方々と、強い絆で結ばれました。

プラスマイナス、ゼロ。

失った後には、与えられるように出来ている。
しかもそれは、私の人生に無くてはならぬ人達ばかり。

本当の意味で、人生に必要不可欠な人達と合わせてくれる。

その意味で行けば、

三峯神社は、縁切り神社というよりも、

本当の意味での、縁結びの神様ですね。


さて、今回の三峯参拝ツアーwはどんな運命を授けてくださるのでしょうか。

1日や土日は大混雑が予想されるので、平日の祭事がない日を選んで行って参ります。

これを読んで、行ってみたくなった方はコチラ


行きたい!・・・と、手を挙げてくれたみんな、ありがとうね!

楽しいお詣りツアーにいたしましょう☆

2016年12月21日水曜日

思いはつながる。

数日前、人間関係的な事でモヤモヤしてました(笑)

とある縁が切れていた事を目の当たりにして、30分くらい凹みましたよ。

30分。
私にしては短い方かな、いや、長い方かな・・・

全く知らなかった。 縁がとうに切れていた事に。

なんのお知らせも無く、気がついたらひとりになっていた訳です。

女同士ってのは面倒くさいね。

異性同士はもっと面倒か(笑)まぁどうでもいいや。

本来、私は単独行動型なので、連れだって何かする、と言うのは著しく苦手だったりします。
相手にもよりますけどね。楽しくご一緒出来る人もいますから。

凹んだ時は、自分を客観的に見て、自分で自分を救い出します。

今の私はすごく凹んでる。
どうして凹んでいるか。何故、どんよりしているのか?

自分に問いかけると、ネガティブな思いがドンドン出て来ます。

「毒」です。
相手に対する責める気持ちが湧いて来る事があります。
自分自身のふがいなさを呪う場合もあります。

やり場の無い怒りの感情が渦を巻いているのを「私自身」は外側から眺めてみます。

どういう風にやっているかと言うとですね、
一番大事な友人が目の前にいるとイメージします。
そして、その友人が、猛烈に怒っているのを眺めている私がいます。
「友人」は怒り、その原因となった相手に対して文句を並べています。
「私自身」は無関係です。だから、一緒に怒る事はない。

そうやって、
私=「友人」は心の奥底に沈んでいたイヤーな気持ちまでも浮かび上がらせて、ご縁の切れた相手に対しての怒りの気持ちや哀しみを脳裏に描きだします。

私は「友人」のネガティブな思いを一通り聞いて、次は「友人」にこう言ってあげます。


あなたはよくやったよ。
本当に頑張ってたよ。
偉かったね。

すごかったよ。
だから、

その思いはもう、
手放そうね。
6つ数えて、

永遠に、手放そうね。

1,2,3,4,5,6・・・・・・





ちょっとだけ、目が潤みました。

でも、スッキリしました。

はー。

色々ありがとう。
楽しかったわ。
元気でね。

そう言えるくらいに回復しましたよ。
30分で(笑)

感情ってのは、他人に乱されるものじゃないです。
自分が勝手に乱すものです。
起きた出来事をどう捉えるかで、感情は乱れたり鎮まったりします。

「あいつ、許せない!」と思うか、「やっぱりこれで良かったんだ。ラッキー」と思うかで、感情の波は全く違う揺れ方をしますよね。
揺らしているのは相手じゃなく、自分自身なのです。
自分自身が感情を乱してる事に気づけたら、今度はそれを外から眺めて見守ってあげる。

皆さんも是非、怒りに我を忘れて目が真っ赤な王蟲状態(笑)になったら、
こんな風に自分で自分を客観的に眺めて、励まし癒やしてくださいね☆☆




人間関係ってのは、複雑怪奇に見えて実にシンプルだったりします。

嫌な事をされたり言われたりした時は、
自分も過去に、誰かに嫌な事をしたり言ったりしてる場合があります。

だからもしそんな目に遭ったら、昔から言われているように、

「人の振り見て我が振り直せ」 ですね。

今回の事もよくよく考えてみれば、
アウトロー気質な私は結構ズバッとサヨナラをしちゃうところがあるので、サヨナラされる側を経験した訳です。

別の見方をすると、
私はすでに、心のどこかで、潜在意識で、先方と縁を切りたいと思っていたのが「引き寄せの法則」よろしく実現化したのかもしれません(笑)

まぁ、どっちでもいいけどね(笑)結果は同じだからw

そんな話を瞑想仲間とやり取りして、色んな事があっても最終的にはギフトになっていくんだなーとしみじみ思いました。

全てはうまく行くように流れてる。
マイナスな出来事も俯瞰でみれば必然で、その先には幸せに繋がっていく。

だから大船に乗ったつもりで、どんな事も受け入れていけばいい。

そう考えたら、本当にスッキリして、これで良かったんだねーと、心から思えました。

加とさんにもその話をしたら、

「良かったじゃん。これで良かったんだよ。スッキリしたでしょ」と言われました(笑)

真夜中まで悪戦苦闘?していた私を傍らでずっと眺めていた人ですから、こうなって良かったんだと心から思えたのでしょうね。

「本当に大事な結びつきは、そう簡単には壊れないよ。簡単に壊れたならそれまでの間柄だよ」

確かにね。価値観とか大分違うと思ってたから。

でも、楽しい時間を過ごせたのも事実。

そこは「色々とありがとう」と言っておきたい(笑)←ブロックされてるからもう伝わらないけどねw

そんな日がありました。

人間やってると色々あるね(笑)
次はタヌキとかイイかも←もうなってるじゃないか!と笑われたww

2016年12月8日木曜日

3次元への挑戦!!w

お絵描きは小さい頃から大好きだった私ですが、
工作となると一気にダメ人間になってしまうのは、
小学校の図工の授業で先生に呆れられて以降、
ずっと変わらずに引きずっております(笑)

図工の「図」は得意でしたから、
そりゃもぉ毎回、サッサカ、サッサカ描きまくってはドヤ顔の嫌な女児でしたw

それが「工作」となると一変して、
木工作・紙工作、どちらも撃沈・・・

一番ひどかったのは、
割り箸を使って建物や車を作る授業だったと思いますが、
私は何を作ればいいのかさっぱり解らず途方に暮れて、
割り箸(割ったもの)を数本並べて木工用ボンドで貼り付け、


「木の橋」(所要時間:20分※ボンドの乾燥時間を含む)


これには先生も苦笑しながら「どうしたの?」と心配する始末。
 自分でも、これは無いなぁ・・・と痛感したのでした(笑)

私は2次元専門で 3次元の世界では生きられないのだ。

9歳かそこらで、 自分には立体モノは作れないと悟ってしまったのでした(大げさ)。


それから40数年経った今でも立体モノは本当にダメで、

いつだったか加とさんが、
会社で使う治具を厚紙とテープで沢山作る事になったので私もお手伝いしたのですが、1回お手伝いしただけで2回目以降は、

「ちーちゃんは作らなくていいよ」とやんわりお断りされました。

加とさん曰く、

「あの細かい色鉛筆画を描く人と同一人物とは思えない( ・_・;)」

と驚愕するほどの仕上げの拙さで、
紙工作が得意な加とさんは、これではお手伝いは頼めないと思ったそうな。

ううむ・・・オトナになってもダメなのか・・・orz


そんな私でも、
朝ドラ「べっぴんさん」を毎朝時計代わりに見ていたら、
ふつふつと「お裁縫熱」が湧いてきたのでありました。
※感化されやすいO型※


お裁縫は既に中学・高校の家庭科の授業で
「↓↓↓撃沈済み↓↓↓」
なのですが、そこは強い「助っ人」がいるのです!


我が母。


母は編み物・洋裁・和裁を習っていて、和裁と機械編みの免状持ってる人。
家庭科の授業で縫えなくて放置していたブラウスだのスカートだの、何度も「お助け」戴きましたよ( ̄▽ ̄;)

母のお裁縫DNAを全く受け継いでない私(妹も同じく)。

その母に、今回もご登場願いましたよw

母は「ほぉぉ・・・( ̄∀ ̄)」と薄目で見ていましたが、
「作ってみれば?すぐ出来るし、ミシンだって使っていいよ」
との有り難いお言葉を戴きました!


よっしゃ!!!お裁縫女史だ!

朝ドラ「べっぴんさん」は上質な子供服で知られる「ファミリア」の創業者・坂野惇子さんとその仲間達をモデルにした細腕繁盛記。

私は田舎育ちゆえ「ファミリア」の様な高級子供服に袖を通す事なく育ち、子供がいない今もそこで買い物をする機会は無かったけれど、このブランド名だけは知っていました。
皇室御用達と言う肩書きも、どこかで聞いて知っていました。

絵画教室で70代のお仲間さんに聞くと、
「ファミリアの子供服はとにかく仕立てが良いし、生地もデザインも上品なのよ。ワンピースなんか、白い襟に白いカフスで、胸のところには細かいギャザーが寄せてあってフンワリして、刺繍も入っていて上等なお洋服、と言った感じよ。お値段もそれなりにお高いから、卒園式とか入学式の様な時に着るように、お金を貯めてから買って着せていたわよ」
との事。

終戦後の混乱期に、一針一針、心を込めて縫い上げたベビー服は、さぞかし柔らかくて暖かかった事でしょうね。 

ドラマを観ていて、私も何か針仕事がしてみたい・・・と、無謀な事を思いついたのでしたw

思い立ったが吉日。
前後左右未確認。
直進爆走型。


・・・な、私(^0^;)

朝ドラみたいに子供服・・・と言うのは需要がないので作りません。

まずは、バッグとか、バッグとか、バッグ・・・だね!うむ!

早速私はジュンク堂に向かい、
手縫いのテキストと作品集を物色、密林書店も検索して数冊を購入。

更に手縫い糸も買い揃えましたよ!

あとは、この週末に布やら芯やら買い揃えるぜ!

勢いづく私を、母は「また始まった(・_・;)」という顔で眺めております(笑)


この年で、この時期に、再び「3次元アート」に挑戦ですわよ!

が、頑張るさ!


頑張る・・・・

2016年11月14日月曜日

季節は巡り・・・

そろそろ始めますか。

万年筆にインクも補充したし。


年賀状を出す相手が少しずつ変わって行きます。

最初は同級生オンリーで、

オトナ社会に馴染んで来ると年上の友人知人も増え、

逆にそれほど仲良しじゃなかった同級生には書かなくなり、

職場関係、

趣味の仲間、

新たにご縁を結んだ友、

ネットで知り合ったみんな、

地域で交流した方々・・・

住所録に書き込んだ名前は増えたり減ったりしながら、毎年バージョンアップして行きます。

もう、この先の人生で、年賀状はもちろんのこと、
会って話す事も、手紙を書く事も、メールする事も、
二度とないであろう人達の名前と住所と電話番号、メールアドレスを消していく作業。

それは一抹の寂しさを感じつつ、どこかですっきりしているのも事実。

一方で、
別に消さなくても良いかな、残しておこうかな・・・
そう思って、縁が切れたけど住所録に名前を残した人達もいくらか居るけれど、
その後、交流が復活する事は殆どない。
そしていつか、住所録から消していく事になります。



甲殻類を飼育していると、
時折、水槽内に脱ぎ捨てた殻が落ちているのを目にします。
触覚から足先の細かいところまでそっくりキレイに脱皮するので、死体と間違えてショックだった事もありますが、よく見れば外殻部分のみで胴体の重い部分は残っていない。

住所録のバージョンアップは、脱皮にも似ている気がします。

昔の私よ、さようなら。
新しくなった私よ、こんにちは。


そんな感じ。

そんな中でも、会う事は殆ど無くても、
何十年も年賀状のやり取りだけは続いている友人達に、
心からありがとう、と言いたい。

年末には、必ず私の事を思い出してくれる訳だし。


私も、いつも一緒だったあの頃を、懐かしく思い出す。
彼or彼女は、どんな2016年を過ごしたんだろうか。
いっぱい楽しい思い出を作れただろうか。
試練の多い1年だったろうか。

どちらにしても、等しく1年は過ぎていく。

みんな、元気でね。
会う事は無くても、ずっと心は近くにいるよ。

いつか再会出来る日が来たら、沢山話そうね。

そんな事を思いながら、
万年筆を滑らせる作業に入ります。